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ここで、イベントリスクが顕在化する中、我が国が直面する挑戦を乗り越えていく上で、いくつかのキーワードを提示したい。それは、「活力ある健康長寿社会」「令和新時代の自助・共助・公助」「変化にしなやかに対応する強い個人・企業」「持続可能な経済社会システム」である。

そして具体的な論点として言えば、①今次感染症対策をどうすべきか、②少子高齢化・リスク多様化の時代における社会保障はどうあるべきか、③生活リスク・経済リスクを誰が負うべきか(個人か企業か国か)、④変化の激しい時代における強い個人・企業を生み出せるエコシステムとは何か、⑤DXの下での新秩序の中で日本の「不可欠性」をどう構築するか、⑥中国という中央集権独占モデルの挑戦に自由主義国家が国際システム・ルール形成等においてどう対抗すべきか、である。

リスクが多様化し、かつ予見可能性が低い。そして変化のスピードがますます速くなる中で、我が国が生き抜くのに必要なのは、「変化に対応できるしなやかさ」そして「変化を創り出すしたたかさ」に他ならない。

経済成長を続けるためには、人材と資金がその時代の最も生産性の高い分野とつながることが必須である。日本が高度経済成長以降世界をリードしてきた日本型システムは、終身雇用や株の持ち合い、内部留保、閉じられた労働市場といったものに特徴づけられるが、このことが硬直性につながり、変化の速い時代には適さないとの指摘は従来よりなされていた。

今回のコロナ禍において、確かに企業が高い内部留保もあって雇用を堅持し、この衝撃を乗り越えることができたことには一定の評価もある。しかし、長期的に日本の成長力という観点から見れば、これは「守りには強いが攻めには向かない」システムと言わざるを得ない。

流動性の高い変化に強い経済社会構造に転換していくとするならば、それは「継続」を前提とするものではなく「変化」を前提とするものとなる。労働力が減少する中で、従来十分に能力を発揮してこられなかった、女性・高齢者・外国人そしてAI。開廃業率の低さに見られるスタートアップの弱さ。こうした「硬直性」は「変化」とは両立しないものである。企業も雇用も出入りが激しい社会となれば、こうした多様性や新たな技術による生産性向上の果実を社会全体としては受けやすくなる。

一方で社会の変化が速くなれば、個人はその社会に必要とされるタレントであることを求められる。それは何もスーパーマンに皆がなれということではない。他人との違いの活かし方、個性を活かせる社会になるということである。AIや機械化によってこれまでの労働集約的な働き方は急速にその必要性を失う。このことはすなわちこれからの時代における「強い個」の必要性の高まりを意味する。教育においても、あるいは企業の人事においても大きな変革が必要である。

また、変化のスピードが速い社会においては、「学校を卒業し、一斉に入社し、社内で出世して定年退職し、年金生活を送る」という従来のライフサイクルは成り立たない。このような社会におけるセーフティネットは、再チャレンジ、挑戦する機会の保証、やる気があれば誰もが能力を発揮できる社会環境の実現に重点を置くべきである。会社が主役ではなく、個人の生き方が軸となる社会を構築すべきである。そして収益の最大化を図る自由競争を旨とする資本主義のロジックも、これまでのように短期にオーバーシュートするのではなく、より長期の収益最大化に向けた合理的な行動を、個人や企業に促すものとすべきであり、そのことが社会全体のボラティリティの低減、世界全体のリスクの最小化につながる。

ここ数年、従来の資本主義のルールが変わるような動きが見られてきた。いわゆるQuarterlyCapitalismへの批判やESG投資、SDGsへの注目はその象徴的なものだ。特に今回のコロナ禍においては、今後のパンデミックリスクにおいてはすべてのリスクを国家が吸収することは不可能であることから、雇用を守ることができる内部留保をある程度積んでいる企業への評価が投資家の間でも高まっているのは事実である。しかし、強すぎるセーフティネットは成長力とトレードオフの関係にあることもまた事実である。

そもそも、どの程度のバランスが最適なのか、これから世界的な試行錯誤が続くだろう。しかしアメリカの企業がセーフティネットを厚くする方向に向かうとしても、日本の企業においては適切にリスクテイクし成長力強化の方向の改革を求められる可能性もまた高い。

事業の収益性の評価をより長期の時間軸で見る。それはビジネス本体の事業継続へのリスクを抑えることを経営の中に明確に位置づけることを求めるということでもある。ESGは決して事業の収益性の外部にある要素ではない。むしろ長期経営戦略の中においては当然に考慮されているべき要素を、横串で比較可能な形で投資家に対して表現するという、資金調達においては当然の努力、真のIRである。

これを、個々の企業でなく社会で見たとき、今後増大する全てのリスクを国が手当てすることは不可能である。その中においては、成長力の毀損をさせない中で、企業や個人がリスクへの対応をある程度分担すべきとのコンセンサスが重要であり、その前提の下で、自動的にビルトインできる仕組み(社会エコシステム)の構築が必要である。

同時にデータ駆動型社会においては、データの蓄積とその利用における開放性こそがイノベーションの原点となる。共産党一党独裁体制の下での国の強権的な仕組みの中で、データを強制的に排他的に蓄積することで優位性を確保する中国のメカニズムがグローバルな競争の中で勝つようなことがあれば、それは自由主義の敗北を意味する。基本的価値を共有する国々の連携による国際社会の中での戦略的なルール形成が死活的に重要である。

成長力・イノベーション、雇用と並び、政治が考えねばならないのは、この高齢化、医療の高度化の中でのあるべき社会保障の姿である。

まずは、リスクのリバランスについて、今後少子高齢化、医療の高度化が進むことが予測される中で、社会保障分野においても抜本的に考えられなければならない。個人が備えるべきリスク、民間保険などの「共助」で備えるべきリスク、公的な国民皆保険システム「公助」で備えるべきリスクのバランスは時代や環境に応じて変化せねば持続可能な制度とはならない。また同時に「データ・デジタル×社会保障」により社会的コストを最小限にしながら社会的インパクトを最大限にすることが可能となる仕組み作りも進められなければならない。そして、今次新型コロナウイルス感染症の経験から、今後の感染症を意識した危機管理体制の確立及び公衆衛生戦略を確立し世界に対して発信していくことも非常に大きな課題である。